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福岡のビタミンな会社

ビタミンな会社って、どういう会社なんだ?



 プロローグ 三途の川が見える会社

私は、昔、死にかけた。 俗に言う過労死の一歩手前まで行ったのだ。

日本を代表する一流の会社のチーフ・エンジニアが私のポジションだった。

海外プロジェクトを任され国際線で飛び回っていた。体内時計はぐちゃぐちゃだ。プロジェクトの重圧は当然の如くかかる。それに、上司も部下も選べない。

当時の上司は、一流の家柄で、一流の大学を出て、一流の会社に入った絵に描いたようなエリートだった。このエリート、人生経験に偏りがあって、常識は無いし部下の管理が全く出来ないタイプだった。

そして、当時の部下は子会社(当該の会社では「分身会社」という呼称で呼んでいた)から臨時召集されてきた寄せ集め。可愛い部下だったが、仕事が出来ない連中ばかり。子会社だって本当に仕事が出来る人間はキープしておきたいから、なかなか外には出さないですからね。

それに複数の子会社から寄せ集めてきたため、その子会社間で政治的な思惑も働き(子会社閥のようなものが出来ていた)ということも加わり、無茶苦茶仕事がやりにくかった。

もし、最初からこのような状況の中に投入されるということがわかっていれば、絶対にこのプロジェクトには参加しなかっただろうけど、それを最初から見抜くのは無理というもの。 なぜならば、私は、他の事業部でインターナショナル・エンジニアとして活躍していた所、英語ができる技術者がこのプロジェクトに必要ということで白羽が立って引き抜かれたというわけで、そこら辺の細かい事情まで事前に知る立場にはなかったからだ。

プロジェクトでの仕事には納期というのがある。うまく行っているプロジェクトなら良いが、そうでないプロジェクトは悲惨だ。だんだん崖ップチに追い込まれるのだ。自分の能力不足を否定するわけでは無いが、そのような劣悪な環境の中でプロジェクトを推進させるのは並大抵のことではないのだ。

そして運命日がやってくる。3日3晩ぶっつづけで仕事を行わなければならなくなった。その結果、ろれつが回らなくなって、思考が停止、呼吸の仕方がわからなくなったのだ。これには焦った。あー、このままだと死んでしまう。。。幸いなことに、根性で呼吸の仕方を見つけ、命を落とさなくて済んだ。しかし、きっと、脳細胞は大幅に死滅したと思われる。 そして、翌日、退職届けを叩き付けサラリーマン生活にピリオドを打った。

チーフ・エンジニアを失ったプロジェクトは大パニックに陥ったことは言うまでもない。後刻聞いた話だと、エリート上司は、この事件が汚点となり、子会社に左遷されたそうだ。

 理想に向かって会社を創設

とにかく過労死だけは避けなければと、先の会社を退職し、ハンダごて一丁で会社を設立した。 それが有限会社ソリュテック(後に株式会社に変更、翻訳会社ソリュテックとして知られるようになる)である。

当時は、まだ、ストレスがどれだけ悪いものか知らなかったが、とにかく、社員の命を奪うような会社ではなく、社員が心身ともに健康に働ける会社を創りたいと思った。

今思うと、自由主義社会というのは競争原理で動いており、ライバルとなる会社との間の激しい競争に勝たなければならず、上記の理想を達成するのはとんでもなく困難なのだが、当時は、理想に燃えていた。

今でも、困難は困難として、会社の目標の一つに「ストレスフリーの会社を目指す」ことを掲げて活動している。

ストレスはビタミンを消費する。

逆に言えば、ストレス・フリーであることは、ビタミンを大切にするイキイキ会社であるということになる。

ストレスができるだけかかならいよう、社風やシステムを考えることを大切にする会社、それが、私が考えるビタミンな会社だ。



執筆計画中:会社経営は腸内環境のメンテナンスに似ている?





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Kiyomi Tabuki

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